モーニングジュエリー とは喪に服する際に身に着ける装飾品のこと。
これはセンチメンタルジュエリーという枠組みの中に属するジュエリーの種類です。
どういった意味合いで身に着けられ、どういった歴史があるのか、日本ではどうなのか、「 知っておきたい、モーニングジュエリーのこと。」として詳しくご紹介していきます。
【 はじめに 】

モーニングジュエリー とはどんなもの?
モーニングジュエリーを知っていますか?
カタカナの表記だけ見ると朝を表すモーニングと勘違いする方もいらっしゃるかもしれませんね。
スペルで記載するとMorning(朝)ではなく、Mourning。
これは悲しむ、とか喪に服するという意味のある英語「Mourn」の名詞形。
そうです、喪中だとか哀悼の意味を持つジュエリーのことをモーニングジュエリーと言います。
本来は近親者の喪に服する期間に身に着けられたモーニングジュエリー。
独特の美しさを持っているので、後の19世紀ヨーロッパでは、喪中でなくともこういったジュエリーを身に着けることが流行しました。
日本にいるとあまり馴染みのないこのジュエリーですが、意味や役割を知ると、きっとモーニングジュエリーの魅力が伝わるのではないかと思います。
今回はこのモーニングジュエリーについてご紹介していきます。
【 センチメンタルジュエリー って何? 】

アンティークのジュエリーにはセンチメンタルジュエリーといったカテゴリーがあります。
センチメンタルジュエリーと呼ばれるものは宗教的な信仰を誓うジュエリーと、愛する人との永遠を誓うジュエリー、そして先ほど出てきた故人を偲ぶためのモーニングジュエリーなどがあります。
センチメンタルジュエリーがヨーロッパで制作され始めたのは、1800年前後の事。
ジュエリーというと女性のものをイメージしがちですが、こちらは男女問わず制作されました。
◇センチメンタルジュエリーについてはこちらをどうぞ→
【 メメント・モリ ジュエリー が起源 】

モーニングジュエリーのはじまりは…
モーニングジュエリーのはじまりは、メメント・モリ ジュエリーです。
MEMENTO MORI メメント・モリ とはラテン語の格言で自身がいつかは死ぬということを忘れないようにしなさい、といった意味があります。
時は1649年。
イングランド国王のチャールズ1世が処刑された際、国王の肖像をあしらった指輪や遺髪を入れた指輪が作られ愛用されるようになりました。
これがメメント・モリ ジュエリー(モーニングジュエリー)のはじまり。
16~17世紀前半はメメント・モリ ジュエリーが登場し、個人の形見の品を身に着ける風習が産まれたのです。
主に水晶の下に遺髪を入れた指輪が、葬儀の後に親族や友人に配られたと言います。
他には骸骨を彫刻したり、故人の名前や没年をリングの内側に刻んだりしたものが主流でした。
メメント・モリ ジュエリーは骸骨のモチーフや骨壺やお墓といった直接的なイメージのものもあれば、小さな肖像画の周りをシードパールで飾ったジュエリーもありました。
それぞれが故人を思い、故人の思い出と共に楽しむジュエリーは時代ごとの死生観を芸術の中に埋め込んだものだったようです。
ジュエリー = 華やかで着飾るときに身に着けるといったイメージがありますが、喪に服するときに身に着けるジュエリーはそういった眩い華やかさはありません。
しかし慎ましいながらも故人への愛情や思い出が詰まったものだったんですね。
戦争や疫病が蔓延したこの時代。
死は常に身近であり、いつ訪れてもおかしくありませんでした。
そのため、メメント・モリ ジュエリーを身に着けることで、常に死を意識し覚悟する意味合いも込められていたと考えられます。
【 ヴィクトリア女王とジェット 】

モーニングジュエリーとは切っても切れない、ヴィクトリア女王
時代は流れて19世紀。
この頃もまだ主に子供の死亡率の高い時代です。
現代では喪に服すというのは1年程度のことを指すでしょうか。
しかし19世紀頃は現代よりも長い期間、広い範囲の親戚の間で、服喪(喪に服す)が行われていました。
そのため当時のイギリス人は非常に長い期間喪服を着用しましたし、老婦人ともなると喪服を着ることが習慣化してしまい、期間でなくとも喪服を着る人が多くいたと言います。
この服喪の話をする際に絶対に忘れてはいけない人物。
それは19世紀にイギリス(大英帝国)に君臨したヴィクトリア女王。
かの有名なヴィクトリア女王こそが、イギリスにモーニングジュエリーのブームを巻き起こした張本人であり、25年もの間喪に服していたのです。
この頃のイギリスのファッションアイコンでもあったヴィクトリア女王。
彼女は1840年にドイツのアルバート公と結婚します。
しかし幸せな結婚は長くは続かず、1861年にアルバート公は42歳という若さで亡くなってしまうのです。
アルバート公の無くなった原因は腸チフス。
今では環境衛生状態の改善によって日本ではほとんど聞くことの無いこの病気も、この時代には大勢の人の命を奪いました。
ヴィクトリア女王は深く悲しみ、ここから長い服喪が始まります。
ジェットのジュエリーを身に着ける事で哀悼の意を示し、宮廷に出入りする人々も同じように哀悼の意を表すような服装をしました。
もともと服喪の期間が長い慣習のあるイギリス。
国民もヴィクトリア女王の影響を受けて、宮廷以外でもモーニングジュエリーが流行を見せました。
モーニングジュエリーは喪服や葬儀の時に着けるだけとは限らず、哀悼の意を示すジュエリーであったり、故人を偲ぶためであったりします。
基本的には黒を基調としたジュエリーであったため、その独特な美しさのあるジュエリーを纏うヴィクトリア女王を見て、多くの国民が魅了され同じように黒いジュエリーを身に着けたと言います。
その流行はイギリスのみにとどまらず、やがてはヨーロッパ大陸に渡り多くの女性が黒いジュエリーを愛用したのです。
最盛期には街のショーウィンドーが黒一色に埋め尽くされるほど…と言われているので、驚くほどの流行であったことが伺えますね。
当時モーニングジュエリーとして最もふさわしいとされた素材は、ジェット、オニキス、そして黒いエナメルです。
ヴィクトリア女王がよく身に着けたのはジェットでしたが、喪に服した後期の頃は髪の毛で作られたネックレスやブレスレット、ベルリンアイアンと呼ばれるアイアン(鉄)ジュエリー、象牙やべっ甲なども身に着けることがありました。
◇アイアンジュエリーもとっても素敵なんです。詳しく知りたい方はこちらをどうぞ。→
その後ヴィクトリア女王の即位50年に当たる年頃からは、女王が公の場で銀のジュエリーを身に着ける機会がでてきました。
それに合わせるかのようにイギリスの国民の間でも黒いジュエリーの流行から、銀のジュエリーへと徐々にシフトしていくのです。
そしてヴィクトリア女王即位50周年の式典で「喪服の緩和令」が発令されると、ジュエリーの流行にも大きな変化が現れます。
モノトーンが主流であったジュエリーもアクアマリンやペリドット、ダイヤモンドや真珠など柔らかな色調の石がジェットに取って代ります。
この流行の終焉によってイギリス ウィットビーにあったジェットの鉱山も閉鎖され、ジェットは表舞台から姿を消すのでした。
◇ジェットについては後日詳しく記事を書く予定ですが、ひとまずこちらをどうぞ。→
【 日本とモーニングジュエリー 】

日本の皇室にも愛されるジェット
いわずもがな、日本の喪の正装は黒の洋装ですね。
このルーツも、実はヴィクトリア女王にあるとか…。
皆さんは知ってましたか?
ヴィクトリア女王が喪の期間に着用した黒のドレスを元に、それ以降の黒の喪服が日本に定着したというのですから驚きです。
かのファッションアイコンは現在の日本の喪服にも影響を与えていたんですね。
日本も明治以降はイギリス王室に倣い、黒の洋装を喪の正装とし、黒いジュエリーをモーニングジュエリーとして採用しているんです。
そして意外と知られていませんが、日本の皇室の方たちはジェットをモーニングジュエリーとして身に着けています。
それはあまり見る機会はありませんが、御舟入り(おふねいり)( 天皇など高貴な人の遺体を棺に納めること。儀式のこと。おふないり。)の際などに確認できると言います。
そして皇室の方たちが喪に服する時の装身具はジェットで統一されるそう。
現在の上皇后 美智子様は天然ジェットのつづみ型のネックレスをされてらっしゃったと言いますし、皇后 雅子様はカットの入ったラウンドネックレス、紀子様は10mm程度のラウンドネックレスを身に着けてらっしゃたそうです。
何となく皇室 = 真珠 のイメージがありましたが…
恐らくお祝いなどの席は真珠、喪の時はジェット、と使い分けているのかもしれません。
ここで少し気になるのが、喪の場面でもラウンドネックレス以外も問題ないのか、という点。
これ、ジェット自体が既にモーニングジュエリーとして選ばれている素材のため、どんな形のものでも基本的には問題ないのだそう。
さすが故人を偲ぶために作られたモーニングジュエリー。
喪の際にラウンド形状ではないネックレスを選んだら日本では白い目で見られそうな気もしますが、これだけ歴史もあるモーニングジュエリーなんですから、世間の理解が深まってくれたらいいですよね。
喪の際は真珠、というイメージがとても強い日本。
しかしモーニングジュエリーのような故人への哀悼の意の表し方はとても素敵だと私は考えています。
現状ではさすがに認知度の格差で世間知らず、と言われてしまう可能性も考えられますが、よくよく考えたら、日本の正式な喪の正装が決まるよりも先にモーニングジュエリーは存在していたんですもんね。
それに、本来黒いジュエリーは喪の服装に採用されているのですから、身に着けたって問題ないはずです。
皇室の方だけでなく、私たちも、喪のシーンには故人を偲ぶためのジュエリーを身に着けることが普通になったら…。
そういった故人を想う気持ちを表すジュエリーが一般的に認知されたら…。
私はそう思ってやまないのです。
ちなみにモーニングジュエリーとして長い歴史があるジェットを皇室の方が愛用していると聞くと、ここにもヴィクトリア女王の影響を疑いたくなりますよね。
しかし現在のイギリス王室はジェットではなく真珠を愛用しているとのことらしいので、このあたりの関連は残念ながら不明です。
~参考までに~
葬儀の際の一般的な服装の取り決めをご紹介しておきます。
・葬儀や告別式
全て黒。
シンプルで控えめにすることが大切です。
黒のアンサンブル、帽子・バック・靴・手袋・アクセサリーは黒、デザインはシンプルな物。イヤリングやピアスをする場合は、ぶら下がるタイプではないものを。
・通夜
喪主や親族は葬儀・告別式と同様。
基本は黒ですが、紺・グレーもOK。
・法要
回忌を重ねるごとに喪は薄れます。
親族なら3回忌くらいまでは葬儀と同じ服装が好ましいです。
【 まとめ 】

今回は「 知っておきたい、モーニングジュエリーのこと。」 ということでご紹介してきました。
日本でのモーニングジュエリーは意外に思えた方もいらっしゃったのではないでしょうか。
私たちは喪の時は黒い服に真珠だけ、と教えられてきました。
ですが本来なら、喪の時にふさわしいのはジェットなんじゃないだろうか、とすら思えます。
このあたりは真珠とジェットの過去の流通量であるとか、大きい声では言えませんが宝飾品店の思惑とか、いろいろありそうですが…。
葬儀だとか喪服の「正式」であると今までに教えられてきた普通のこと。
当たり前だと思っていたことは、意外にもイギリス由来のものだったんですね。
そして葬儀や喪服の決まりは日本のしきたりなどに裏付けされたものかと思っていましたが、実際はそうでもない事実。
これからの時代の哀悼の意の表し方も、徐々に変わっていくかもしれませんね。
私個人としては、モーニングジュエリーの認知度がもっと上がって、実際の喪のシーンでそういった哀悼の意の表し方もあると沢山の方に知ってもらえたら、と思ってこの記事を書きました。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!